座間ふるさとガイドの会
                             

平成21年 春の文化財めぐり「八王子街道」を訪ねて

 昨日は“春二番”といわれ電車も停まる春の嵐でした。本日は“嵐”が無くなり、ガイド日和の良い日になりました。
 今回のテーマは江戸時代の「八王子街道」です。座間郷を貫くこのストリートは、道の真ん中に掘割の流れる座間宿の繁華街で、5・10日は市が立ちました。相模川の幸や、人びとの信仰が織りなす生活模様に思いを寄せてみたいと思います。
 定員いっぱいの参加者は定刻の30分前にはほぼ全員集りワイワイガヤガヤ楽しそうです。公民館に用事で来られた人は「何ごと?」と興味顔で通り過ぎます。
 今日のガイドコースは
1、田中遺跡
2、天王・大縄道
3、河原宿の大日堂
4、鮎の道と道祖神(座間宿村の“市”)
5、桑・十文字種
6、陣屋稲荷・陣屋小路
7、宗仲寺
8、座間神社
9、安養寺跡
10、油面の庚申塔
出発を市公民館で、到着終了も市公民館でした。9時30分2班に分かれてスタートして、2時間半後の正午に無事到着しました。参加されました皆様、お疲れ様でした、ありがとうございました。

安全を考え、定員30名で締め切らせていただきました。
皆さま、元気よくお集まりです。
保谷会長のあいさつで、春のガイド、スタートです。(座間市公民館前で)
座間2丁目。田中遺跡は7世紀以降の竪穴住居跡です。土師器、須恵器などの出土があります。今は、NTT座間局敷地内で、埋め戻されています。
天王道・大縄道。入谷の天王様(鈴鹿明神社)の大例祭があった道。江戸時代、座間郷の検地がここを基準にした道。検地には縄を張ります。地元の人びとがそう呼びました。
河原宿の大日堂。この大日如来は、大坂夏の陣に出征した地元民が1615(元和元)年に持ち帰ったものと伝えられます。その後、閻魔さまも祀られました。
鮎の道。相模川で漁った鮎を、天秤棒の篭に詰めて「鮎かつぎ」達は江戸市場に向かって走りました。
道祖神。この角にたつ道祖神は自然石です。風雨に晒されても損なわれることがありません。
座間宿通り/座間宿の市(A)
江戸時代の図面が残っています。この通りは、八王子街道ですが市が立つと賑わい、街道を使う人は、この街道の両側に平行して走る道を通行しました。
座間宿通り/座間宿の市(B)
座間宿通りの真ん中に掘割があって、座間神社麓に湧く泉水が流れていました。
桑・十文字種。
座間は江戸末期から大正にかけて養蚕が盛んでした。野生の桑から改良された“十文字種”は初期の養蚕業に大きく貢献した桑の木で、市指定重要文化財に指定されています。
陣屋稲荷と稲荷小路。
江戸時代初期、重臣内藤清成は座間宿を含む相州七ヶ村を所領とし、陣屋を設け代官をおきました。この一帯は陣屋小路と言われました。相模原市新戸。
宗仲寺(A)
浄土宗のお寺で、内藤清成が実父のために創建し、徳川家康の知遇を得ている源栄上人が開山しました。
宗仲寺(B)
家康も生前2度、遺骸で1度立ち寄っています。「六字名号の碑」「蜻蛉灯篭」などの市指定重要文化財があります。
座間神社
座間地域の氏神さま。神社の起源を伝説に求めています。元は飯縄社と云いましたが、明治5年の神社祭式により9年座間神社と名称を変えました。
6つの無格社も合祀されています。
安養寺跡。江戸時代初期の建立と思われる真言宗のお寺跡です。何時廃寺となったかは判りません。本尊は不動明王で、今も残っています。今も「中宿の不動さん」と呼ばれています。明治の初めの頃に、当地の子供が通う「真誠学校」となりましたが、座間小学校ができて役割を終えました。

油面の庚申塔
八王子街道から別れて藤沢街道に行く分岐点に庚申塔は立っています。七沢石は剥落損傷が激しいですが、江戸後期のものです。寺社に燈明料といって油を納めた地域は税が減免されました。この地域のことを「あぶらめん」といいました。
ガイドの参加者に配られたガイドチラシ。
皆さま、どうもお疲れ様でした。また、秋にお会いしましょう。

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