座間ふるさとガイドの会
                             

秋の文化財巡り

平成29年秋の文化財巡りが10月8日(日)に行われた。抜けるような秋の青天が迎えてくれた。ガイドポイントは11ケ所。今回の見せ場は湧き出る清水が市民の水道の源になる「湧水の郷」。織り成す緑の森、二つの老場川が芹を繁茂させる芹沢川の流れ。水の流れに依って形勢された谷あいに甲州からきたと言われる人々が集落を築いてきた歴史を偲ぶことが出来る。民話がうまれ、水車小屋もまわっていた時代から戦時中には、空襲を逃れて海軍工廠(工場のこと)の地下工場が掘られた。その跡地が一つだけ残されている。

陸軍士官学校が移転建設の際に水の供給にこの目久尻川沿いの湧水場所を水源として取水ポンプ2本を設置した。太平洋戦争後学校跡地に進駐した米軍が継続して使用していて米軍の管理下にある。
芹沢の里にも昔から元気な子供が沢山いた。遊びに夢中になって夕闇の中を帰る子供を戒める民話がこの場所にある。「なべっつるしの辻」と人は呼んだ。
芹沢公園の真ん中ほどの地を昔は字名「中丸」とよばれた。小高い丘陵になっていて今は「多目的広場」として市民の運動や遊びの場だ。里から丘に上がる坂道は急で長く中丸の坂と言われた。
丘陵の「多目的広場」を東側に下ると座間市の第二水源井がある。今も現役だ。今は見られないがこの辺りも湧水が豊かで、東老場川と云われる流れがあったとされている。
座間市を含めたこの辺りは軍都であったことを思い起こさせる高座海軍工廠(工場)の地下壕跡地だ。「多目的広場」の地下はあみだ籤のように貫洞があった。今は埋められ、入口はここだけ残してあるが中には入れない。
高座海軍工廠建設に当たって、水の供給に掘られた井戸だ。戦後しばらくして座間に移管されたが、地下水量の減少で稼働を止めて、今は記念碑的に保存されている。
芹沢川は湧水を集めて流れている。冷たくきれいな水であるので、芹が沢山あってこの名になった。昭和の初めまで水車が稼働していた。
座間市の取水源井で一番大きな施設である。芹沢地区の井戸は浅井戸と言って、地下6〜8mの深さから取水できる。この場所も湧き水であふれていたと記録に記されている。
芹沢公園の南の入口から相模野台地に登っていく昔からの生活道で三屋の坂といわれる。従って道は細く、坂の途中でも急なカーブがある。見学者も注意して登っていただいた。
山王神社です。芹沢地域の人々の護り神である。台地の端に当たるが、台地にあった神社としてはめずらしい。
栗原神社に政策的に合祀されたが、里の人々の信仰と疫病払いに元の地に戻った。例祭の他に月見の会など十五夜に行われる。
神社の中には、この近辺の道々に祀られていた青面(しょうめん)金剛像や道祖神が合祀されている。風雪の中で原形が分からないものもあるが大事に祀られている。

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